日常の徒然

『もっと もっと』をお休みする贅沢

年末年始は、例年になくゆっくりとした時間を過ごし、感じたこと。

『何かをしないと時間が勿体無い、損しないように、有効活用しなければ』と、思っていたことがつい最近まであったように思います。

羊が近くにいるのんびりとしたイギリスのとある村にある我が家で過ごした年末年始。

今年は、子供も仕事で夫々の国で、二人で静かな日々。

ゆっくりと栄養たっぷりヘルシー朝ご飯兼ランチ。

本を読み、お散歩。

『もっと、もっと』という思いが、いつもありました。今もあることはあります。

『もっと、もっと』で、望みが叶ったり、達成し、喜びがあります。

心からの目標だったら『もっと、もっと』が自分のワクワクが膨らみ、大きな動機付けになります。

一方、周りの期待や風潮、知らないうちにも刷り込まれた社会的通念からの『もっと もっと』は、本当に望むことでなければ、疲れる原因だけかもしれません。

『何かをしないと時間が勿体無い、損しないように、有効活用しなければ』と思うことから、『しなければいけないこと』が増えたり、『ぎゅうぎゅうの予定』は、この2番目の『もっともっと』に起源でありそうです。『予定』が本当に必要か、求めていることか、自分自身に問い直してみても良さそうです。

そして、『もっと もっと』をお休みする時間から生まれる何かを大切にしたく思った年明けでした。

ハッとした言葉.”You can’t ‘take’ a breath, your breath is given to you.” Shiva Rea

“You can’t ‘take’ a breath, your breath is given to you.” Shiva Rea

英語では、息を吸うことを、” Take a brath” と表現します。
そして、Take は、『取る、自分のところに取り込む』という意味です。
このTakeの言意から、『呼吸は、取ることではなくて、あなたに与えられていること』と、記したのは、Shiva Reaというヨガの先生。

この一文で、ハッとしました。
「意識をしないでしている呼吸を与えらえているもの」と捉えてみると嬉しく有難い気分になります。
もちろん、息を吸い込む時には、息を自分に取り込むので、英語で『take a breath』という表現には納得できます。敢えて、Shiva Rea は、何気なく使っている言葉の表現を使って、当たり前に目が覚める瞬間を届けてくれました。

『取っていく、自分に取り込まなければ損』という考えをしがちかもしれませんが、既にあるもの、手にあるものを与えられているものとしてみれたら、何よりも自分自身がハッピーで、楽で、そして平穏が自然と創られる文化が起こりそうと思った言葉でした。

パールとヨガ

 

久しぶりにブリジットのヨガのクラスに行きました。ヨガには、週に2-3回行きますが、ブリジットのクラスは久々。クラスは、ダイナミックな動きで、頭から上半身、両腕、両足を伸ばし、縮め、筋肉が使われていくのと同時に、身体の内側でも何かが動くのを感じます。

 

身体の中で、更に何かが目覚めるような感覚です。この感覚は、その日の自分の身体の調子や心の状態で異なります。ヨガの90分は、身体を動かすことを通して、自己認識となり、ヨガの先生は、「ヨガは、動くメディテーション(瞑想)」と仰ります。

 

今日のクラスの先生、ブリジットは、多分、60歳位で、綺麗についた筋肉と、首のパールのネックレスが品の良い揺れが、先生の身体の動きとともに、美しく調和していました。

 

無駄がなく、無理がなく、美しい先生の在り方に、改めて、今日のヨガが私に気づきをくれました。